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名所

陣屋跡の小学校

平の陣屋跡・1 

今日はちょっぴし早めの帰宅が可能だったので、いつもとは違うコースで帰路につきました。


写真は【いわき市立平第六小学校】の正門前です。

夏休みに入っていますので、子供たちの姿は当然見当たりません。


今でこそ小学校が立地されていますが、かつてのこの場所は、旧笠間藩の陣屋跡で、養拙小学校として開設されたと文献には載っています。

平の陣屋跡・2 

明治6年に神谷小学校と改称され、明治34年には神谷尋常小学校、昭和16年には神谷国民学校、戦後の昭和22年に神谷小学校と改称されていきました。

普段は何ら気にしない場所も、それぞれの歴史をしょっているんですね~。


【笠間藩】-コトバンクより抜粋させていただきました。

 江戸時代常陸(ひたち)国茨城笠間(現、茨城県笠間市)に藩庁をおいた藩で、藩主短期間天領外様(とざま)をはさみ、譜代(ふだい)が次々に入れ替わった。藩校は時習(じしゅう)館。当地鎌倉時代から笠間氏が領有していたが、関ヶ原の戦い後の1601年(慶長(けいちょう)6)に松平松井)康重(やすしげ)が3万石で入封、立藩した。以後、08年小笠原吉次(よしつぐ)、天領を経て12年に松平(戸田)康長(やすなが)、17年(元和(げんな)3)永井直勝(なおかつ)、22年浅野長重(ながしげ)(外様)、45年(正保(しょうほう)2)井上正利(まさとし)、92年(元禄5)松平(本庄)宗資(むねすけ)、1702年井上正岑(まさみね)と、3万石から6万石の間で次々に譜代が交替した。47年(延享(えんきょう)4)に牧野貞通(さだみち)が日向(ひゅうが)国延岡藩から8万石で転封(てんぽう)(国替(くにがえ))して以後は、明治維新まで牧野氏9代が続いた。1871年(明治4)の廃藩置県により、笠間県を経て茨城県に編入された。





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ジャンル: 趣味・実用
テーマ: 自転車
( 最終更新日: 2014/07/23 Wed )
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